彼はスラム街の貧しい黒人家庭に末っ子として生まれた。家はもともと、食うや食わずの毎日を送っている状態であった。だから彼の誕生は最初からあまり歓迎されたものではなく、何事につけても過酷な生活を強いられたようである。だが、そのお陰で彼は物心つく前にもう精神的に親から自立していたのである。そして小学校に通うようになるころには、すでにいっぱしの口をきく悪ガキに成長していたのであった。

 彼の1日は、ケンカに始まってケンカに終わると言っても過言ではないくらいすさんだものであった。もし彼が日記をつけていたら、おそらく文章の大半は『ケンカ』という単語で埋め尽くされていたに違いないだろう(もっとも彼が字を書いているのを見たことがある人はいないのだが)。これはバイソンに限ったことではなく、スラムに住んでいる五体満足な人間なら男女を問わずに当てはまることであった。ただ彼の場合はその回数が他人より飛び抜けて多かっただけなのである。

 そんなバイソンにもやはり心引かれるものはあった。それは2つの拳だけで大金を作り出せる『ボクシング』であった。貧しい彼にとって夢のまた夢でしかなかった裕福な生活を、ボクシングはわずか数回の試合で実現可能なものに変えてくれるのでる。それを知ったとき、バイソンの人生は大きな転機を迎えたのであった。

『世界一のボクサーになる』。それを目指すバイソンの試練の生活が始まった。だがいくら力んでみたところでいきなりボクサーになれるわけではない。もちろん彼には正式なジムでコーチを受ける金などあろうはずはなかったし、ボクシングをしているという友人もなかった。自然、彼のボクシングスタイルは我流なものに固まっていった。つまり彼が幼いころからやってきたこと、『ケンカ』とそう大差ないものであったのだ。しかしこれでも彼なりにボクシングというものを捉えた結果なのであるから、誰にも責めることはできないだろう。すさんだ環境下で育った彼が見たボクシングは『足技を使ってはいけないケンカ』にしか見えなかったのだから。そういったわけで彼のボクシングには、決まった型もルールも何もなかった。あるとすれば、ただ相手を叩きのめす力がすべてに優先される『ケンカの掟』ぐらいだったのである。

 そして時は流れた。褐色の暴れん坊も2メートルに近い堂々とした体躯に成長し、念願であったボクサーとしてのデビューも果たしていた。拳のほうも荒削りながら驚異的なパワーアップをみせ、その巨体を利用しダッシュと共に繰り出されるストレート、アッパー、体を反回転させてパンチ力を大幅にアップさせたターンパンチは恐るべき破壊力を誇り、彼と対等に渡り合える者はいなくなってしまったのである。だがその強さが逆に仇となった。加減というものをまったく知らない彼は、多くのボクサーを再起不能に追い込み、遂に誰からも試合を拒否されるようになっていたのである。彼もすでに有名であったならそれも話のタネになろう。しかし、今日の胃袋を満たすのにも困窮する彼にとっては、これはもうボクサーとしての生命を断たれたのも同じであった。

 バイソンはいつしかラスベガスに流れ着いていた。ポケットにはもう10セントも残されていない彼にはいささか場違いな所でもあったが、一夜に見当もつかぬほどの大金が動くこの街に金儲けの匂いを感じてやって来たのである。そして彼のカンは見事に的中したのだった。

 そのカジノのメインホールでは週末の晩、余興として2人のファイターを闘わせるということを行ってきた。むろんこの2名にはチップが張られるギャンブルである。ギャラリーたちは、それぞれの思いをチップに託して見込んだファイターに賭け、叱咤激励の言葉を飛ばしあうのだ。だが無敗を誇るバイソンが出る夜は、賭けの方法が変わる。最初から勝負の行方が分かりきっている夜には、挑戦者側の倍率が7倍にも跳ね上がるのだ。しかし今日もバイソンは、挑戦者に賭けた者たちの期待を粉々に打ち砕く魔王の拳をふるうのだった。