その男も、昔は純粋に格闘家を目指して修業を続ける青年であった。師の言いつけを守り、仲間と共に励み、自らを鍛え上げる、言ってみればどこにでもいそうな若武者にすぎなかった。だがその男は運命の星の下に生まれついていた。人々を恐怖へと、破滅へと追いやる悪鬼の星に。そしてもし彼がその運命にあらがったとしても、結局は逆らうことはできなかったに違いない。なぜなら、そうでも考えないと彼の魔拳の前に散った数多くの人々の死があまりにも無意味なものになり、人間という生物が非常に呪わしい、かつ醜いだけの存在に成り下がってしまうからである。

 その青年…ベガは自分自身の上昇志向の強さに悩まされていた。とにかく何か物事をやり始めると、どんな手段を講じてでも必ずその世界の頂点に立たなければ気がすまないのである。最近は特にその危険な性格が自分でも認識できるほど激しく、そして制御し難いものになってきているだけに、彼は自分自身を抑えつけるのに必死であった。

 これ以上悩んだらおかしくなってしまう。そう感じたベガはイライラした気分を発散させることのできる娯楽を求めた。そしてその彼の目にとまったのが、今の彼が学ぶ道場であった。

 最初は確かに娯楽だった。しかし時がたつにつれ、彼は真剣に格闘技というものを見直すようになっていた。おそらく持ち前の一直線の性格が、このときはいいほうに働いていたのであろう。彼は門下の中でもメキメキと実力をつけ、次第にその頭角を表すようになっていたのである。だが彼が人間らしい心をもっていられたのは、このあたりまでであった。

 格闘家としての力は、もう完全に老いさらばえた師を超えていたのに、師は自分をいつまでも目下扱いした。ベガは、師に対して明らかに殺意を抱いていた。しかし、彼は必死にその思いを抑え、師に忠義を尽くしていた。なぜか…それは師がこの地上で唯一サイコパワーを自在に操る人間だったためである。過去に、門下生の2人がサイコパワーの固まりを飛ばす技を会得して巣立っていったらしいが、定かではない。

 彼は、師の一挙手一投足を漏らさず目に焼きつけ続けた。そして遂にサイコパワーの体得をなしえたのである。

 翌日、彼の足元には、サイコパワーによって無残にも焼けただれた師が、虫の息で横たわっていた。

『今まで生かしておいてやっただけ、感謝してもらわなければならんくらいだ…』

 そして師に最後のとどめを刺した瞬間、彼の自制心は音を立てて完全に崩壊していったのである。

 力を手に入れた彼はそれ以来、邪魔と感じたもの、障害になるものはすべて踏みつぶしていった。たとえそれが女子供であっても、彼の憎しみを込めた拳は、情け容赦なく降り注がれ、後には物体と化した人間だけが残された。当然ながら彼の行いに怒りを覚えて闘いを挑んだ者もいた。だが、彼にとっては、歯向かってくる者を返り討ちにする時ほど心地よい瞬間はなく、拳や体全体に、なまいきな抵抗者を憎悪する暗黒のサイコパワーがみなぎった。

 そのうち彼は、その暗黒の力に自らの精神状態をシンクロさせることにより、さらに強力な憎悪を生み出せることに気づいた。憎悪は彼の真の力を引き出す重要な感情である。それを自在に操れるようになった彼は、ますます自分の思うがままのむごたらしい殺しを繰り返した。だが、このころになると、彼の残忍な行いはさすがに当局にも知れ渡ることになり、全国に彼の包囲網が張られるようになった。しかし、彼の悪運は尽きなかった。隣国との間に戦争が勃発し、それどころではない状態に突入したからである。

 その後の彼の消息は不明である。だが彼があっさり死ぬなどということはありえない。きっと今日もどこかで暗黒の力をもてあそびつつ、倒しがいのある抵抗者を待ち受けているに違いないのだ。

 最強の格闘王、ベガ。彼はいったいどこにいるのだろうか?